□発端□
普段、よく目にする地名や特定のエリア、道を表す言葉に“東海道”“東山道”“北海道”という言葉がある。嘗ては、“西海道”“南海道”という言葉もあったようだ。東海道は、五十三次などで知られる東京から上方への街道であることは良く知られている。しかし、不思議な気もする。なぜ、海という字が付いているのか?簡単に考えれば、東海地方を横切っているからでは?などという答えをする向きもあろう。しかし、東海地方は、この東海道という名前以後に付けられたもの。要は、なぜ陸の道に海が付くかということだ。海縁りを走る街道だからという説明も成り立つ。それなら、東浜道でも東岸道でもよかろうという疑問が今度は浮上してくる。では、北海道は?となる。私がこれらの言葉から感じるのは、なぜ素直に「海の道」「山の道」と考えないのかという点だ。「嘗ては海の道と山の道があった」と考えたい。それが、転化して、地方の名称や街道の名称になったと思える。では、「海の道」とは?そんな単純な疑問からこの項の研究は始まる。
平安時代に言葉について調べようとすると必ず登場するのが、『和名類聚抄
』。この中に登場する郡名をみると奇妙な感じにとらわれる。山道、海道の他に“陸道(山陸)”“陰道”“陽道”(山陰、山陽)などの名称もある点だ。これが、奈良、京都を中心として、使われた地域を区分する名称であることは、この文献の成立を調べるに待つまでもない。このエリアのみ、和名類聚抄で“畿内”と呼ばれていることからも容易に想像される。この7つのエリア区分は、この時代(律令時代)の行政区分。次に浮かぶのは、「さらに古代へ遡って、この行政区分の元となった名称とは?」という疑問だろう。以下、この項では、以下、これらの中でも「海の道」とその名称の元となった生活文化を取り上げてみたい。(10/20)