□発端□
最初に自分が「生まれた場所」を意識するのは、その世界を離れた時という。それほど、自分の周囲というのは、感じることはできても、余程意識しないと理解、客観的に把握できないのが常のようだ。「井の中の蛙、大海を知らず」ではなく、「井の中の蛙、井戸を知らず」というわけだ。学校時代に学んだ歴史にしても同じことがいえる。大和朝廷と聞いて、日本の古代政権と知っていても、その時代に自分が今住んでいる辺りがどうであったかは、知らなかったりする。子供の頃を思い出してみる。小学校の社会科の授業で、「郷土史をつくろう」などという授業があって、自分の住む町の歴史を調べて発表させたりした。こうした授業は、確かに記憶にはあるのだが、どんなことを調べ、どんな郷土であったかは、今となっては、ほとんど記憶にない。小学校時分、自分の興味の対象からは、郷土の二文字ははるか離れた場所にあったらしい。しかし、改めて、関東という自分の郷土を「歴史」の目で捉え直すと案外、郷土について、知らないことが多いのに気付く。そうした時、何故だかなんとなくさびしい気持ちになったりする。
発端は、そんな気分の時に出会った歴史学者の森浩一氏と網野善彦氏の対談集『日本史への挑戦ー「関東学」の創造をめざして』だった。上方に生まれ育った森氏があえて、地域史としての関東学を取り上げる姿勢に接するうちに、「関東人」である自分は、この「自分の生まれた場所」をどこまで知っているのかという気持ちがいつになく湧いてきた。
また、司馬遼太郎氏の著作の中でだったと思うが、敗戦直後に駐屯地から帰る飛行機から関東平野を眺め、「こんなに広い平野が関東なのかという感慨を感じた。」というフレーズを目にした時にも同じような思いにさせられた。関東平野の広さなどという感慨を自分は持ったことがないことに気づいた。外から「生まれた場所」客観的に見た眼、郷土への眼ということを考えた。そんな思いから、この章は、始まった。