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□発端□
■「文化圏」という言葉を言葉としては知っていても、それを実感するとなると全く別のことだという気がする。生まれながらに自分がその中にいる文化とは、居心地の良さも手伝って、決して疑問をいだいたり、その存在を実感できるようなものではない。「文化圏」の三文字を実感するとしたら、それは異なる「文化圏」との接触を直に自分の五感で感じることができたときに相違ない。風景としての文化との出会い□熊野の樹齢何百年あろうかという巨木の森に立っていると自分にとって、全く異界ともいえるその風景を原風景とする他人と自分の間に途方もない距離を感じる。西に望む奥多摩の山々の稜線を背景に、夕日のなかに欅の雑木林のシルエットが浮かぶ多摩丘陵が、自分にとっての原風景だとするとこの風景に育った人々は?単純な疑問が沸き上がってくる。圧倒的な自然の迫力にそんな感慨に浸ることがある。それが、単なる感慨から、より鮮明な意識に変化する体験をさせてくれる書物に出会った。佐々木高明氏の『日本文化の多重構造ーアジア的視野から日本文化を再考する』がそれだ。それまで漠然と感じてきた「同じ日本だからと共通項ばかりを当然のように求めていた<日本人同志>といった感覚を正に再考させられることになる。それは私にとって、それまで映像として網膜に焼き付いていた風景をもう一度検証するかのような作業=風景としての文化とのあらたな出会いとなった。まず、はじめに
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書籍■『日本文化の多重構造』(佐々木高明著、'97年3月小学館刊) |